古気候の本を読む2 「人類と気候の10万年史-過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」

「人類と気候の10万年史-過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」 中川 毅 著 ブルーバックスB-2004

古気候の本、2冊目です。タイトルからは「気候文明史-世界を変えた8万年の攻防」と似た内容がイメージされますが、かなり違う内容でした。

メインは水月湖(すいげつこ)15万年の年縞(ねんこう)試料と、その解析結果です。
福井県の三方五湖の一つである水月湖の湖底には、他の場所ではまず満たされることの無いいくつかの条件が奇跡的にクリアされて、過去15万年にわたって湖面から沈んだものが乱されること無く順番に堆積しており、ボーリングによって、断面を見ると1年ごとの濃淡が縞模様に見えるという「年縞試料」を取り出すことができます。古気候の記録資料として、グリーンランドや南極の氷床コア(高緯度)、ベネズエラ沿岸の「カリアコ海盆」の年縞堆積物(低緯度)が用いられることは多いですが、水月湖は中緯度であり、他ならぬ日本の気候の記録でもあり、貴重なデータのようです。意味は今一つ理解できていませんが、水月湖の年縞は過去5万年までの地質学の「世界標準時計」だそうです。詳しくは本書をお読みください。
著者らは様々な困難を乗り越えて完全な試料を採取し、それを解析して水月湖付近の過去15万年の気候変動を再現しました。その結果は、グリーンランドや南極の氷床ボーリング試料の分析結果と概ね一致したそうです。

この他、本書にはいくつかの興味深い記述があります。
・気候が暴れる時と安定な時の切り替わり
「気候文明史-世界を変えた8万年の攻防」を読んだ時も気になりましたが、本書でも、過去の気候変動を踏まえると、現在は「例外的に」気候が安定した状態であり、それが暴れる(不安定)状態に切り替わる可能性があることを強調されています。そして、その切り替わりのタイミングは予想不可能である可能性が大きいことを、ある数値実験を通じて主張されています。
・過去5億年の気候変動
酸素同位体比等から復元された過去5億年、同500万年、同80万年の気温グラフが示されており、現在がどういう状況なのかが分かります。
なお、5億年前は古生代のカンブリア紀で、スノーボールアース(全球凍結)は、それより前の6億5千万年前のことだそうです。
・最近8000年は、人間活動により温室効果ガスがミランコビッチ理論を外れて増加?
8000年前以降、人間活動(水田農耕や森林破壊)により、二酸化炭素やメタンの濃度がミランコビッチ理論から予測される量よりも多くなっており、氷期の到来を遅らせているという仮説があるそうで、興味をそそられました。
・最後の氷期から現在の温暖安定期への切り替わり
11600年前頃の、最後の氷期から現在の温暖安定期への切り替わりは、ある1年を境に突然変化した可能性が高いとのことです。逆の切り替わりがいつあるのか、気にかかります。

最後に、著者に聞いてみたいことです。
・火山噴火の影響
「気候文明史-世界を変えた8万年の攻防」には、火山噴火に伴う寒冷化の事例が数多く紹介されていましたが、本書では火山噴火については一切触れられていません。水月湖の年縞堆積物には火山灰等も含まれるのか、その分析により噴火に伴う気候変動を明らかにできるのか、とても興味があります。
・1年ごとの気候変動
第4章には、年縞を一枚ずつ数えて、その縞が何年前のものかを調べる話が出てきます。これを読むと当然、一年一年の気候が分かるのかと思ってしまいますが、その後の記述では、「年縞を50センチごとに分析する」、「最終的に1センチ刻み(概ね10年に相当)で分析することを目標にする」等の記述が出てきて、どうも1年単位の分析は行われないようです。個人的には「西暦何年には気候的にはどういうことがあった」ということが分かるとよいと思うのですが、それは無理なのでしょうか?
(2020/7/20 掲載、8/19一部修正)

著者とのメールやり取りに基づく追記
・火山噴火
「本書では火山噴火について一切触れられていない」は事実に反し、第7章では火山噴火とそれに伴う異常気象に関するいくつかの記述があります。
ただ、私が期待したのは、水月湖の年縞資料から得られた気候変動と火山噴火との対応であり、それについての記述はありません。
著者によれば、水月湖には火山噴出物も堆積しているそうですが、「気候を復元する方法には、同位体を用いる方法、化学組成を用いる方法、微化石を用いる方法などがありますが、このいずれに対しても火山灰そのものが影響を与えてしまうため、「気候変動があったせいでそのようなシグナルになるのか」それとも「火山灰があるせいで堆積物が変質したのか」の区別がつきにくいんです。」とのことで、火山噴火と気候変動との関係を調べるには、かなりの困難があるようです。
・1年ごとの気候変動
著者のご専門は花粉分析で、その種類や量から気候がどうであったかを分析されているのですが、化石となった花粉については、堆積過程や保存の度合いによって絶対量が左右されること(実際の花粉の量と化石となった花粉の量が異なる)、植物自体にも花粉の「なり年」と「外れ年」があって、花粉の量は必ずしも気象と良い相関を示している訳ではないことにより、化石の現存量は気候のよい指標にはならないとのことでした。しかし、花粉の化学組成が気象を鋭敏に記録している可能性はあるとのことで、現在それに関する研究を進めておられるそうです。
(2020/8/19掲載)

7/20版に書き忘れたことの追記
本書を読んでの率直な感想として、「著者の事実を探求する真摯な姿勢」や「読者に正しく伝えようとする誠実な態度」が伝わってきて、それによる「読後の気持ち良さ」がありました。もし私が本を書くようなことがあれば、手本にさせていただきたいと思いました。
(2020/8/19掲載)

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